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江の島の逸話と今昔enoshima history

江の島には江の島縁起絵巻という全五巻からなる絵巻物が存在し、その原形は平安時代に作られ、後の鎌倉時代に絵が加わり絵巻物として残ったとされています。ここでは、その縁起絵巻から江の島の誕生にまつわるお話を。

五頭龍と腰越

昔々のその昔、鎌倉の深沢の沼に五つの頭を持つとても悪い龍がいた。
その五頭龍の傍若無人たるや凄まじく、人をまるのみにしてしまうどころか、山崩れや洪水、ありとあらゆる天変地異を巻き起こし悪さをしていた。
ある日、村に現れた五頭龍が子供達を次々とのみ込んだという。
その恐ろしい話を聞いた近くの村人達は、五頭龍が住む沼のある深沢への道を『子死越え(こしごえ)』と呼ぶようになった。
それが現在の『腰越』の地名の由来だという。

江の島の誕生と天女

五頭龍の悪事に人々が怯え暮らしていた、欽明十三年(552年)海岸部を中心とする大地震が起こった。
数日続いた大地震は突然止むと、空が割れ天から四天王、風神、雷神を従えた天女が現れた。
そして天女は空から石を降らせ、海からは砂を巻き上げ島を造った。
その天女こそ弁財天であり、誕生した島こそが『江の島』という。

 

恋をした五頭龍

江の島誕生の終始を、固唾を飲んで見守っていた五頭龍は、あまりにも美しい天女に恋をした。
そして、居ても立ってもいられなくなった五頭龍は江の島へと海を渡りやって来ると、天女に思いの丈を伝え、妻として迎えたいと願い出た。
しかし、それまでの五頭龍の悪事を見てきた天女は、当然その願いを受け入れなかったという。

改心した五頭龍

天女への恋心を捨てきれなかった五頭龍は、もう一度天女の所へと向かうと今までの悪行を悔い、これからは償いをするという誓いを立てた。
その誓いを信じ聞き入れた天女は五頭龍の妻となる事を承諾した。
それからというもの改心した五頭龍は誓い通りに、身を挺して数々の災いから人々を護ったという。

龍口明神

しかし、そんな五頭龍の命も永遠とはいかずして儚きもの、五頭龍もまた自らの命が尽きる時を知っていた。
ある日、五頭龍はその体を江の島の対岸に置くと、片瀬の地、そして人々を見守りながら、その姿を山に変えた。五つの頭を愛した天女が住まう江の島に向けながら。
後に、人々は山を『龍口山』と呼び、改心した五頭龍を『龍口明神』としてまつり『龍口明神社』を建てた。

かくして『龍口明神』となった五頭龍は今も片瀬や腰越の人々を見守っているという。




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